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February 2005

February 22, 2005

北朝鮮がころころ変わる

昨日のニュースステーションで脱北したエリートの○○さんのインタビューをしていた

「中国は北朝鮮を危険だとは思っている」
「ただ北朝鮮が民主化されると資本主義と川一つ隔てて対峙する事になる それを恐れている」
「金正日が政権を握っている限り 拉致問題は解決しない」

すべてが納得できる意見だったな

今日も中国との会談で北朝鮮の立場が軟化して驚きの報道がなされている

そろそろ目を醒まさないと、、、

日本の政治家が行ったくらいで問題は解決しないとも、、、

今の日本は国家が「国民の安全を守る」という基本的な事すらできなくなっている

私は常々「幕末の江戸幕府と似ている」と言っている

皆さんはどう思います?

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February 18, 2005

トイレの工事

トイレの工事を行っていたが そろそろ佳境に入ってきた

昨日は洗面化粧台を仕入れてきた

大工さんが「朝シャンする女性が多いからそういう機種を選んだらどう?」と、、、

ホームセンターでさがして運んだ
軽トラックを貸してくれる120分まで200円 4台なので
我が家のワンボックスで出かけた 2往復する計画だった

大きな荷物を軽トラックに積んで「いざ!出発」と思ったら
「あれっ?この軽トラ4wdじゃないじゃん!」
これじゃ 山の上まで登れない、、、そこで山のふもとにおろして 再びホームセンターへ

自家用車でふもとまで戻って荷を積み換えて そこから2往復
6時間くらいかかった

これで安上がり(^^)工務店におまかせで約30万円
自分で運んで約10万円!
大分節約した?!

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February 10, 2005

ひいばあちゃんのおともらい その2

次の日は母が叔父と病院へ

前の日にあまり食が良くなかったので
「アイスクリームがすきだから買って行ったら?」とアドバイスした 母は「冷たいからプリンを買って行くよ」と、、、

母は(少しでも治ってほしかったのだろう)たくさんの食事を食べさせた 後で判るのだが 高齢者で意識が朦朧としている人にたくさん食事を与えてはいけない場合があるのだった

その翌日の朝 ひいばあちゃんの容態が急変した

食物が逆流し 呼吸困難で昏睡状態となった
連絡を受けて母と一緒に出かけた

すでに間に合わずに 顔だけでもと思っていたら

検死が必要となったので面会できなかった
そこで母の実家で待機する事になった
叔父が母に「あまりたくさん食べさせるから!」と言っていた

母も皆に言われて ショックだったようだ

でも私は全然 そうは思わなかった
「あれがおばあさんの寿命だったんだよ」

おふくろだって (無知と言う事はあるにせよ)少しでも食べて良くなって欲しいから食べさせたんだし おばあさんだって
進められるままに食べたんだから、、、

おばあさんは叔父の方は全然見ずに 母をただただ見つめて
「ありがとう ありがとう」と何度も真顔で言ったそうだ あまりにしっかりとした顔で言うので母も「これは!」と感じたそうだ

私は考えた おばあさんはそろそろ逝きたかったんじゃないかと、、、でもなかなか切っ掛けがない そこで一番信頼できる私の母からの食事をたくさん食べる事で人生の幕をおろしたんじゃないかと、、、

他ならぬ 娘に切っ掛けを託したのではないかと、、、

まあ 母としては少しでもまだまだ生きていてもらいたかったみたいだけど105歳なら そろそろ良いんじゃない?

おばあさんは十分生きたんだよ

葬儀にはいろいろあって疎遠だった息子や娘や孫たちが駆け付けた

「おばあさんが呼んだんだなあ」

お坊さんが「みなさんが一生懸命面倒みたので 長生きなさったですね」と言っていた

「そうか!長寿というのは親族の名誉になるもんだな」と始めて感じた

実際はいろいろあって 面倒を見るもの大変だったんだけど
長寿と言う事で一族は面倒見が良いと言う体面も保つ事ができる

おばあさん 死に方もいろいろあるんだねえ、、、

母も私もそれなりに力を尽くした5日間だった

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February 06, 2005

ひいばあちゃんのおともらい その1

母の母 つまり 毋方の祖母が亡くなった
今年105歳の天寿を全うした
隣町の最高齢だったので 町の広報誌に載るかもな、、、

老人ホームに入っていた

私の母が 子供の中でも一番仲が良かったらしく ホームに近いせいもあって 良く通っていた

母が緊急連絡先の一つに指定されていた 祖母の実家が留守だったので連絡が私の家に入った

「インフルエンザに感染なさったので○○病院に入院しました」と、、、

母に感染しても困ると思い 私が祖母の様子を見に出かけた

病院に行くと祖母はカーテンを引いた病室でぜいぜいと息をしていた

去年も102歳の親族の最後を見取ったが 同じ感じなので
「おばあさんも そろそろ危ないかもしれない」と感じた

食事時で 病院食が運ばれていた

自分で食べる事は以前から無理だったので 私が食べさせた

途中でいらないらしく 首を降るので
「おばあさん もういいね」とか言いながらしばらく親族が来るのを待つ事にした

ベッドの脇の椅子に腰をかけているとぽかぽかしているし
ついうとうとしてしまった

そう言う感じになる時は 別れが近いのだった

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